「無様だね」





 突然、そんな風に声を掛けられた。
 しかも、言った本人は笑っていた。
 しかも、それは全くもって見ず知らずの人間だった。






Happiness Delivery Man










 昼時の、人が少ない電車の中。

 私が乗っているコンパートメントも空いていて、6人席なのにも関わらず私1人しか座っていない。
 かと言ってそんなのを寂しく思う年頃でもない私は、かと言って特に何かする事も無いので、軽く放心状態に陥りながら、窓越しに外の風景を見ていた。

 丁度列車の走る速さと同じ速度で、側をすり抜けて行く風景。
 頬杖を付きながらそれを眺め、私は小さく溜息を吐いた。

 すると、突然――




「無様だね」




 コンパートメントの戸口を開ける音と共に、人を馬鹿にしているとしか思えない言葉が聞こえて来た。

 そして、冒頭に戻る。



「どうしよう、幻聴が聴こえたわ」
「幻聴じゃないよ」
「どうしよう、幻覚も見えて来た」
「幻覚でもないよ」



 にこにこと嬉しそうに笑って言うのは、綺麗なプラチナブロンドの髪を持つ少年。
 もしかしたら青年と言うべき年齢なのかもしれないが、人様に対してのあんな事をいう奴には青年と呼ばれる資格はないだろう。
 そんな事を思いながら私は少年をねめつける。
 けれど少年はそんな私の視線にも気が付かない様で、軽い足取りでコンパートメントの中に入って来る。

 とても楽しそうに、とても嬉しそうに。



「ところで、貴女は誰?」
「それはこっちが訊きたいわ」



 間髪入れずに答える私。
 少年だからまだ許せるものの、これで大人だったら完全に変質者じゃないか。少年でも充分に変質だけど。
 でもどうして私はこんな見ず知らずの少年に無様だなんて言われなきゃいけないのだろうか。
 突然そんな事を言われるような事を、ましてや子供に罵られるような事を、今までの人生の中でした覚えはないのだけれど。
 ああ、当初の予定では今頃一人列車に揺られながら気持ち良くお昼寝タイムの筈だったのに。

 それにしても、この少年は一体誰なのだろうか。ついでに言うとどういう教育を受けて育ったのだろう。
 もしかしたら生まれて初めて両親に教わったのは「人の貶し方」とかなのじゃないだろうか。とんでもない家庭だ。



「僕はね」



 そんな私の胸中も知らず、少年はにこにこと名乗る。



「幸福配達人なんだ」

「……へえ」



 適当に曖昧な相槌打っておく私。
 この少年、お医者に掛かった方が良いのではなかろうか。
 それも、頭の方のお医者に。



「何だい、その顔は。全く、失礼な人だなあ。人の顔をそんな風に見るものじゃないよ」



 失礼なのはどっちだ。
 そう言いそうになったが、寸での所で口を噤む。
 子供に何を言っても無駄だ。気にしない気にしない。私は何も見ていないし聴いてない。



「僕はね、あれだよ」



 どれだ。
 内心で一人こっそり突っ込む私。
 少年はやはりそんな私の事なんて知らずに、向かい側の席に座ってにこにこ笑う。


「……へえ」



 またしても適当に相槌を打っておく私。
 荷物も何も持っていない少年に届け物などと言われても、正直どう反応しておくべきなのか分からない。



「大事な、大事な届け物なんだよ。貴女に、絶対持っておいてもらいたい物。でも、その前に1つ」



 意味の分からない事を言ってから少年は身を乗り出した。
 彼の綺麗なプラチナブロンドの髪がさらりと揺れ、アイスブルーの瞳が私の方を覗き込んでくる。
 一体何Q  $ サんな雰囲気でもなく、私は押し黙ったまま少年を見る。



「ねえ」



 少年が言う。その声は柔らかく、滑らかで。



「どうして貴女は、そんなに何枚も何枚も重ねて仮面を被っているんだい?」



 とてもとても不思議そうに、少年は小首を傾げる。



「そんなに顔を隠しちゃ、折角の綺麗な髪が勿体無いよ」



 そう言って少年は私の方へ手を伸ばす。白い指先が私の頬に触れ、顔に掛かった髪を優しく払った。
 何となく感じたくすぐったさに軽く目を閉じた私の目尻を、少年は涙でも拭くかのように優しく拭う。





「泣かないで」





 ふと呟かれた言葉に、息を呑んで少年を見遣った。
 泣いてなんて、いないのに。
 どうして、そんな事を言うのだろう。
 どうして、この少年は――


















「――って、痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い っ!何してくれるのよこの馬鹿 ……!」


















 次の瞬間、何故か私は少年の手を思いっ切り払い除け、大声と共に頬を押さえて肩を上下させていた。
 ひりひりと頬に感じる痛み。
 ああそうか、私はこの少年に頬を抓まれたんだ。
 そんな事を漠然と思いながら、予想だにしなかった展開に目を白黒させる私。

 何かもう、今日は踏んだり蹴ったりだ。



「何すんのよ、あんたっ!」



 恨みを込めてそう叫ぶと、少年は一瞬驚いた様な顔をして、その後楽しそうに笑いを溢した。
 それを見て唖然とする私。

 どうしてこのタイミングで笑い出すのだろうか、この少年は。
 やっぱりお医者に行った方が、というか、この場合は私がお医者を紹介してあげるべきなのかもしれない。
 でも私はそういうのに詳しい訳でもないし、でもかといってこの少年を放置する訳にも行かない。
 一体どうすべきなのだろう。

 そんな事を悶々と考え始めた私の目の前で、少年はにこにこと笑って言った。



「やっとこっちを見てくれたね」





 にこにこと、嬉しそうに笑って。





「貴女に笑顔を、届けに来たよ」





 とてもとても楽しそうに笑いながら、少年はそんな事を言った。





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