Treasure








いつも皆で笑っていた隠れん坊。
いつも皆で潜んでいた隠れん坊。

ほかの皆はすぐに見つかるのに
私はどんな時でも貴方を一番に見つけることが出来なくて
必ず最後に笑顔で貴方から出てきてくれる。

いつもそう。
今日も明日も明後日も、何年経ってもきっと私は貴方を見つけられない。
私には、貴方が解からない。


だからもう――――諦めました。

















「ケイト見っけ!」
「あーっ、今日こそは絶対に見つからないと思ったのに!」




頭を乱暴に掻きながら苦笑するケイトは
スカートについたホコリを払い、理科室の薬品を入れておく棚から這い出てきた。

ここは既に使われていない廃校の中で
高校生にもなった私たちは年甲斐もなく隠れん坊をしている。
幼い頃からの幼馴染であるせいも手伝ってか
この隠れん坊とやらを恥かしいと思ったことなど一度もない。




「さーて、残るはディーンとアーサーだけですな!」
「あ、ディーンならそこに」
「何!?」




張り切って胸を張ると、ケイトの無情なお言葉が降ってきた。
少しは私に捜させてくれてもいいと思うんだけど……。

くるっと振り返れば教卓がガタンッと揺れる。
いや、まさかね。そんな解かり易い場所にはいないでしょ。
確かにそこは覗いてないけどさ。
ケイトの言葉通り私は一応教卓の傍まで歩み寄り、徐にその下を覗き込んだ。




「……キャー、変態っ」
「誰がよ。ディーン見っけ!」
「くっそー! ケイト何で言うんだよ! オレっちに恨みがあるなら直接言ってちょ!」




フザケた口調で教卓から出てきた赤毛の男は
平然と立っているケイトに掴み掛からんばかりの勢いで問い詰めていった。




「強いて言うなら存在がウザいのよ」
「存在ごと否定された!? どうしようリンネちゃん、オレっち明日死んじゃう!」




ディーンはワザとらしく目に涙を溜めて
なよなよしく私の肩にもたれ掛かってきた。
うん、確かにウザい。




「こうなったらオレっちも反撃だぜ!
先生、アーサー君は男子トイレで優雅に読書タイム中です!」

「アーサーにとっては傍迷惑な反撃ね」




二人のコントのようなやり取りを苦笑気味に瞥見してから
すぐにケイトの手を引いて男子トイレへ向かう。

今は廃校となって使われていないからと言っても
正直堂々と男子トイレに踏み込むのはいかがなものか。
全く、アーサーも面倒な所に隠れたものだ。




「入るのは気が引けるなぁ……」
「ちょっとディーン、あんたが行ってきなさいよ」
「え、何で」
「あんたが発端でしょ。隠れん坊にしても何にしても」




ケイトに睨まれてあっさり根負けしたディーンは
ちぇっ、とまたしてもワザとらしく舌打ちをしてから
「おい、アーサー! 姫さんたちが迎えに来てますぞー」と
だらだら男子トイレに踏み込んで一つの個室のドアをガンッと蹴り上げた。




「あ、え? 何、見つかったの?」




中からは何とも緊張感に欠ける声が訊こえてくる。




「アーサー、見ぃつけた!」




トイレの前から私も笑いを含めて声をかけると
ややあってキィイっと耳障りな音を立ててドアが開かれた。

見慣れた黒髪と苦笑
そして片手に機械系の雑誌をちゃっかりキープしているのを見て
どこか言い知れぬ安心感を覚える。

全員が揃ったところで、私は大きく伸びをしながらニッと笑ってみせた。




「さーて、もう三人とも見つけちゃったし、そろそろ帰りますか」
「待って」




てっきり皆肯定してくれるものだと思っていたから
珍しくアーサーが制止の声を掛けてきた時には大いに驚いた。




「後一人足りないよ」




妙に真面目な顔でそう言われ
心に小さな棘が突っかかったような違和感を抱く。
ほかの二人も、アーサーと同じような真摯な瞳で私を見ていた。

“一人足りない”

脳裏に何かが掠める。
霧がかっていて顔までは解からないが
それはよく知っている誰かに似ている気がした。




「ほかに誰かいたっけ?」




けれどもその人が今足りない人物なのかどうか解からなくて
私は眉根を寄せながらただひたすら首を傾げることしか出来ない。
アーサーはすっと目を細め、一度だけ頷く。




「捜しておいで、まだ日の入りには時間があるから」




不思議と威圧感があるその声に後押しされて――――
否、まるで何かに操られるかのように私の足は勝手にどこかへと向かっていて
なぜだか自然とあふれ出てきた涙が止まらなかった。

どうして皆そんなに笑顔なんだろう。
どうして皆そんなに泣きそうな顔をするんだろう。
何もかもが理解出来なくて、頭が割れるように痛くなる。

『後一人足りないよ』
後一人って誰のことだろう。そんな人いただろうか。
ここには私たちだけのはずなのに。ほかに誰がいる?

『後一人足りないよ』
何度もリピートされるアーサーの言葉が、どんどん心の中に深く沈んでいく。
景色が移り変わり、次第に歩みから走りに変わっていた。


後一人足りないよ、後一人足りないよ、後一人足りない、後一人、あとひとり――――




「ヒノ」




そうだ、貴方が足りない。




バンッと派手な音を立てて開け放ったドアの先は
廃れた街を一瞥出来る、廃校の中で一番穹に近い屋上だった。
既に涙は止まっており、濡れた筋を生暖かい風が撫でてひんやりと冷やしていく。

私はゆっくりと屋上の淵にあるフェンスへと歩いていき
きょろきょろと辺りを見渡した。

どこかにきっと彼がいるはず。
彼は隠れ上手だからそう簡単には見つからないけれど
いつも最後になったら




「リンネ」




貴方は必ず自分から出てきてくれる。
静かに呼ばれた自分の名前に反応して後ろを向くと




「ヒノ?」




制服を着た彼が佇んでいた。

今日は学校は休みのはずだ。それでなくても面倒くさがりな彼なのに
一体なぜ制服なんてものを着ているんだろう。
いや、そもそもどうして皆と同じ悲しそうな顔で笑っているの?

そんな顔しないで、何があったのか教えて。
皆で解かったような顔しないで。ねえ、どうしてなの?
ねえ、どうしてなのよ。




「やっと見つけた」
「は?」
「もう、大分捜したんだからね! 皆も待ってるよ!」




自身の心を押し殺して笑いながらヒノの腕を掴むと
彼は酷く神妙な顔をしながら沈黙してしまった。




「ほら、早く帰ろう」
「リンネ」
「急がないと日が暮れちゃうよ」
「リンネ」
「何ぼさっと立ってるの? 早く……」
「リンネ!」




強く名前を呼ばれて、思わずヒノの腕から手を離す。
初めて本能的に彼を怖いと思った。

――――怖い?

どうしてだろう。肩を捕まれているから?
怒ったような真剣な目で見つめられているから?
それとも…………彼の口から語られる真実を認めるのが嫌だから?




「しっかりしろよ、ここには誰もいない」




確かな彼の声が、ノイズがかった電子音のように脳に届くことを拒否する。
引き攣った笑みを浮かべる私は
ヒノの手を振り払って背後のフェンスに躰を預けた。




「何言ってるの? 皆で隠れん坊してたじゃない」
「どこにいる?」




意味が解からなかった。
いや、ひょっとしたら解かろうともしていないのかもしれない。




「“皆”はどこにいる?」
「多分昇降口の所に……」
「違うだろ」




やめて。




「皆はもういない」




やめて。




「ここにも、家にも、この世界のどこにも」




やめて。




「な、に……言ってるのよ」
「リンネ、いい加減目を覚ませ。アイツらは」
「う、煩い! あんたこそいい加減にしなさいよ! 皆はちゃんとここにいるの!」




哀しみに歪んだ彼の瞳の中に
必死に何かを繋ぎ止めようとする醜い私がいた。




「さっきまで一緒に話してたんだから! 一緒に笑ってたんだから!」




そう、さっきまで皆は私の傍にいた。
笑いながらちゃんとフザケあっていた。

『捜しておいで、まだ日の入りには時間があるから』

ああ、頭が痛い。
皆はどうしてそんなに泣きそうな顔をしているの?

ねえ、ケイト。女の涙はそう簡単に流していいものじゃないのよ。どうして泣くの?
ねえ、ディーン。いつものおちゃらけたあんたはどこにいったの? 目を逸らさないでよ。
ねえ、アーサー。博識な貴方はこの答えの意味を解かっていたのかな。見守るように微笑まないで。

ねえ、ヒノ。どうして彼らだったのかな。どうして私たちじゃなかったのかな。




「ヒノ」
「何だ」
「私もうダメだ」




乾いた笑みが漏れる。
雨なのか涙なのか、よく解からない雫が頬を伝った。




「私生きていけないよ。どうして? 今までずっと一緒にいたじゃない。小さい頃からずっと。
どうして私を置いていくの? どうして連れて逝ってくれないの? ねえ、どうして?」




もうずっとずっと前から、心の中に渦巻いていた“どうして”が止めど無くあふれ出す。
何度どうしてと問うても、何度どうしてと首を傾げても、答えは一向に返ってこない。




「帰ろう、リンネ」




奇妙なほど静かな彼の声がじわっと私の中を侵食していった。
焦点が合わなくなった双眸でやっと彼の姿を捕らえると
ヒノは私に手を伸ばしながら優しく微笑んでいる。




「大丈夫だから。俺が傍にいるから。辛い思いなんてさせないから」




何となく……本当に何となく、その言葉が背中を押してくれたような気がした。
徐々に自分の口角が上がっていくのを感じる。




「ヒノ」




小さく小さく彼の名前を呼んで、私は背中からフェンスを乗り越えた。
反転する世界。切羽詰ったように青ざめて手を伸ばしてくるヒノ。清々しいほど黄昏の空。

戸惑いなんてものはなかった。
ただ私は、愛おしい彼らに逢いに行くだけ。
どうせヒノも、数十年後にはこっちに来る。


苦しげに表情を歪めるヒノが、この世界で見た最後の彼だった。
その後彼がどうなったのか、そこから先のことを私は知らない。


ただ、一つだけ解かったこと――――






『捜しておいで、まだ日の入りには時間があるから』






脳裏を掠めたのは、微笑む私の姿でした。











「木枯の琴」の木枯殊様宅から頂いて参りました!
 殊様がお書きになる小説は、何と言っても皆それぞれ愛すべきキャラな所が素敵ですv
 可愛かったり、格好よかったり、一気にぐっと引き込まれます。  文章のテンポも良くて、見習わなければならない点ばかりなんですよね。

 殊様!この度はサイト開設4周年おめでとう御座いました!これからも頑張って下さいね!
 ずっとずっと応援しておりますv




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