初めに、世界は渾沌であった。
 天と地は互いに混ざり合い、清濁の別は存在しなかったが、その渾沌は蠢き続けた。やがて清麗たるものは上昇し、沈濁は下に残された。天と地が分離し、光と闇が離隔した。
 そして、二分された世の間に三柱の神が誕生した。即ち、創世に携わった造化の三神である。続いて二柱の神がこの世に生まれ、これら五柱の神――別天津神ことあまつかみの神気が天地の間に満ちた。そして別天津神は独神のまま身を隠したが、光と闇の間に満ちた五つの気は、絶えず循環して推移した。これらはつまり、木、火、土、金、水の五行である。この万物の根源たる力――稜威いつによって新たな神々が生まれ、数多の神々の許に森羅万象が形成された。
 此れが、天地開闢の神話である。




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 拡がるのは虚無だ。色で表すならば、さながら果てのない白。歪み一つない空白の世界に、独りぽつりと立ち尽くしている様な。否、正確に言うならば、立っているという感覚はない。実の所、手足が付いている確証もなければ、己が人間であるという自覚もなかった。唯何とは無く其処に存在している、それだけの事。幾度と無く目にしてきた、忘れる事は許されない悪夢。
 変化は何時も、視界の端から起こる。無機質な白い空間にぽつりと墨の様な点が生まれ、じわりと世界が滲み、濁りが徐々に拡がって行くのだ。鈍色はゆっくりと白を侵蝕する。その速度は不気味な程緩やかで、何の感覚もなかった心がぞくりと騒ぐ。
 例えるならばそれは、打ち寄せる大波を前に茫然としている様な感覚かもしれない。抗い様の無い波に曝され、どうしようも無く矮小な己を感じる、そんな心境。
――嗚呼
 少女は音にはならない息を漏らし、唯その光景を見詰めた。一点から始まった濁りはその領域を拡げ、今や世界を呑み込もうとしている。
 それでも、少女には、どうする事も出来ない。

 そして、全ては、闇に包まれた。




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