長々と築かれた白い外郭が月影に照らされ、夜の静寂の中にぼんやりと浮かんでいる。櫓には幾つかの松明が灯されていて、其処には刀を佩いて弓を携えた人影が認められた。直線的に伸びる外郭は空間を切り取る様に聳え立ち、その内側と外側とが完全に隔離されているかの様な錯覚を覚える。四辺形を描く様にして築かれた白い築地塀の中には、堅牢な造りの殿舎の数々が建てられているのだが、外郭の外からはその様子は全く見えない。唯その外郭は、他国への玄関口となる場所に陣を構え、堂々たる威厳をもって其処に存在していた。
 紺碧の空には無数の小さな星々が輝いている。今夜は朔だ。月影が無いので澄んだ空に星が一層美しく煌めく。そんな星々に見守られながら、夜の街道を一頭の馬が疾走していた。夜の闇に溶け入る様な漆黒の馬だ。蹄が砂利を蹴り上げる度に朱色の厚総あつぶさが揺れ、馬の威風を感じさせる。黒馬の手綱を握っている人影は小柄な体格で、どう見ても成人した男には思えない。だがその影は屈強な馬を確実に手懐け操っている。首から下は勿論の事、目と鼻を除き顔までも布で覆っている為に表情は読めない。しかし鋭い眼光を放つ双眸が、その人物の内面を表している様であった。
 馬は長く続く外郭を目指して街道を駆けている。ただし、背に乗せているのは一人だけではない。丁度手綱を握っている人影に抱えられる形で、濃紺の褂を頭から被った少女も黒馬に騎乗していた。磁器の様に白く滑らかな頬は、青白いとすら感じさせる程に透き通っている。
 少女は褂を被った儘己の肩を抱き込む様にし、馬蹄が立てる音のみが響く夜の寂寥たる空気を、すう、と大きく吸い込んだ。肺に流れ込んで来る空気は故郷の山を潤していた清流を思わせ、少女は無意識の内に懐旧の情で目頭を熱くする。しかしその直後には白い築地塀と丹塗りの門が眼前に迫っている事に気が付き、唇を僅かに噛んで表情を引き締めた。
 空は遠い。天を仰ぐと底知れない何かを感じて、遥か遠い夜空に吸い込まれる様な錯覚に陥る。何処か不安定な少女の気配を察したのか、騎馬の手綱を握った人影は少女に何かをそっと呟いた。それに対して少女は困った様に眉尻を下げて微笑みを浮かべると、大丈夫、と呟いて静かに瞼を下ろす。それからゆっくりと瞳を開けると、凛とした表情で朱い強固な門を見据えた。





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